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大阪高等裁判所 平成5年(ネ)2318号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

一  本件の前提事実及び本件遅配の原因に関する当裁判所の認定、判断は、原判決の理由一、二の1ないし3(原判決一一枚目裏七行目から同二〇枚目表九行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決一二枚目裏一行目の「入学手続」の次に「の期間」を加え、同一六枚目表一行目の「西奈良郵便局」を「奈良西郵便局」と改める。

二  本件遅配の原因行為と国家賠償法一条一項の適用の有無

郵便の利用関係は、郵便差出人が郵便事業を行う被控訴人に対し対価を支払つて信書等の配達を依頼し、被控訴人が配達義務を負う契約関係であり、物品運送に関する私法上の契約関係と基本的に異なることはなく、郵便局の公務員が行う郵便物の配達行為は、国家賠償法一条一項にいう「国の公権力の行使」には該当しないものというべきであるから、右配達業務に従事する公務員がその業務を行うにつき、故意又は過失により違法に他人に損害を与えた場合については、同法一条一項の適用はないものと解される。そして、同法四条、五条によれば、右の場合の被控訴人の損害賠償責任については、原則として民法の規定によるべきであり、民法以外の他の法律に別段の定めがあるときは、その定めによるべきことになる。

三  郵便法六八条の適用の有無について

1  ところで、郵便法は、第六章の六八条以下に、損害賠償に関する規定を設け、六八条一項において、郵政大臣は、(1) 書留とした郵便物の全部又は一部を亡失し、又はき損したとき(一号)、(2) 引換金を取り立てないで代金引換とした郵便物を交付したとき(二号)、(3) 小包郵便物(書留としたもの及び省令で定めるものを除く。)の全部又は一部を亡失し、又はき損したとき(三号)のいずれかに該当する場合に限り、その損害を賠償する旨を定め、郵便物の損害に関し被控訴人が賠償責任を負う場合を限定し、同条二項において賠償金額を限定している。右規定の趣旨について考えるに、被控訴人の独占事業である郵便事業は多様な、かつ膨大な量の郵便物を取り扱うものであるが、その事業の遂行過程で生ずる郵便物に関する損害について民法の原則に従い被控訴人がすべて賠償責任を負うべきものとすれば、郵便の役務をなるべく安い料金で、あまねく、公平に提供するという郵便事業の目的(郵便法一条)を達成することが著しく困難になるため、郵便法は、このような事態を回避し、右の目的に沿つて郵便事業を円滑に遂行すべく、六八条において郵便物の損害に関し被控訴人が損害賠償責任を負うべき場合と賠償金額を限定したものと解される。

したがつて、郵便法六八条は国家賠償法五条に定める民法以外の他の法律の「別段の定」に該当するものというべきであつて、郵便物に関する損害賠償については、その損害が不法行為により生じたものであると債務不履行により生じたものであるとを問わず、第一次的に郵便法六八条が適用になるものであり、被控訴人は、同条一項各号に定める場合以外については、郵便物に関し損害賠償責任を負わないものと解するのが相当である。

控訴人は、仮に郵便法六八条が国家賠償法五条に定める「別段の定」に該当するとしても、公務員に重過失又は故意があるときには、郵便法六八条の適用はなく、民法の規定が適用になるものと解すべきであると主張するが、郵便法六八条の規定の趣旨のほか、郵便法には、当該事業の従事者に故意又は重過失がある場合には損害賠償責任の制限規定を適用しない旨を定める鉄道営業法一一条の二第三項、一二条四項のような規定がないことに照らし、右控訴人の主張は採用できない。

2  控訴人は郵便法六八条は憲法一七条に違反する旨主張する。

しかしながら、憲法一七条は、公務員の不法行為により損害を受けたときは、「法律の定めるところにより」国等にその賠償を求めることができる旨を規定しているにとどまり、合理的な理由に基づき法律で右の場合の国等の損害賠償責任を制限することまでを禁止するものではないと解される。郵便法六八条は、前記1で検討したとおり、郵便の役務をなるべく安い料金で、あまねく、公平に提供するという目的に沿つて郵便事業を円滑に遂行するために、郵便物に関する損害について被控訴人が賠償責任を負う場合と賠償金額を制限しているのであつて、前記の郵便事業の特質を考慮すれば、右制限には合理性があるというべきである。したがつて、同条は憲法一七条に違反するものではない。

四  以上によれば、本件遅配は奈良西郵便局の配達員の過失によつて生じたものと認められるが、郵便法六八条の適用により、被控訴人は右遅配によつて受取人に生じた損害について責任を負わないものというべきである。のみならず、仮に公務員の故意又は重過失により違法に郵便利用者に損害を与えた場合には、同条の適用はなく、民法の規定が適用になるとの解釈をとつたとしても、本件遅配について当該配達業務に従事した公務員に故意又は重過失があつたものと認められないことは前記訂正のうえ引用に係る原判決理由二の説示のとおりである。したがつて、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の民法七一五条又は民法七〇九条に基づく請求は理由がない。

五  控訴人のその他の請求について

控訴人のその他の請求は、いずれも郵便差出人又は控訴人が被控訴人に対し債務不履行に基づく損害賠償請求権を有するとの主張を前提とするものであるところ、前記三に説示したとおり、郵便法六八条の適用により、被控訴人は、同条一項各号に定める場合以外には債務不履行により郵便利用者に与えた損害について賠償責任を負わないものであるから、右請求はこの点において既に失当である。

のみならず、控訴人の右請求は次の観点からみても失当である。すなわち、(1) 岡山大学が国に対し損害賠償請求権を有するとの主張を前提とするその代位による請求は、岡山大学は被控訴人が設置した学校施設であつて、独立の権利義務の帰属主体ではなく、岡山大学が被控訴人に対し損害賠償請求権を取得することはないから、失当であり、(2) 第三者のためにする契約の存在を前提とする請求は、郵便差出人が被控訴人に対し対価を支払つて信書等を郵便名宛人へ配達することを依頼する契約は、第三者である右名宛人のためにする契約ではなく、右名宛人が右郵便利用契約に基づき被控訴人に対し直接法的請求権を取得することはないから、失当であり、(3) 被控訴人が岡山大学の控訴人に対する通知義務の履行を引き受けたことにより、控訴人が被控訴人に対して履行請求権を取得した旨の主張を前提とする請求は、右履行引受があつたとしても、これにより控訴人が被控訴人に対し直接履行請求権を取得するものではないから、失当である。

六  以上の次第で、控訴人の本訴請求は理由がないから、これを棄却した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がない。そこで、本件控訴を棄却することとし、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田殷稔 裁判官 熊谷絢子 裁判官 青柳 馨)

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